2002年の部 |
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つぶやきコラムQ 2002.1 皆様新年明けましておめでとうございます。 |
| つぶやきコラムR
二月、遠野には最も厳しい寒さが訪れます。部屋の中にいても何だか体の芯が「うすら寒い」感じです。 遠野に来て三年、いろいろな方言を知りました。家族が「あれ?これ、あめてる!」と言った時は(???飴てる?雨照る?どっちにしても分からない!)と心の中で叫び、知らない土地に来た寂しさをひしひしと感じていた私。
(正解は「腐っている」という意味です) なまりはともすると標準語の反対としての存在、かっこ悪いとか恥ずかしいと思いがちです。私もそんな風に思っていたところがありました。でも文化としての言葉、自分のアイデンティティーを確認する言葉としてそれを考えた時、 今までの自分の気持ちは「うらやましい」という気持ちの裏返しだったのかもしれないと思いました。 自分が何処から来たのか、何者なのかということを突き詰めた時に、自由に自分を表現できる言葉や場所があることはとても誇り高いことです。 私も今後は、自由自在に遠野の言葉を操れないまでも、心はそうありたいと願っています。そのために今日も家族の遠野ことばを鋭くチェックする私です。 |
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つぶやきコラムS 最近我が家に電子ピアノがやってきました。 これは私が実家で使っていた物ですが、誰も使わないので思い切って遠野まで送ってもらったのです。 私はピアノがほとんどひけません。初見で弾くなんてもってのほか、何曲かの童謡だけが両手で弾ける私の限られたレパートリーです。 随分長いこと、私にとって音楽とは自分の中で最も苦手な部分、触れられたくない領域でした。 小さい頃、姉の真似をして習い始めたエレクトーン。そのレッスンの苦痛さは活動的だった私にとって、今でも覚えているくらいつらいものでした。 みんなが難無くやっていることが私一人できない。弾くレッスンの他にもソルフェージュという歌うレッスンもありましたが、私一人音が取れない。ついには先生に「あまりエレクトーンが好きではないようです」と親に通告があり、私のレッスンは幕を閉じました。 その時から「私は音楽が苦手。」というフレーズが心の底にしっかり根付いてしまったようです。 音楽が嫌いなわけではなかったので小学校のブラスバンドや作曲クラブの活動には参加しましたが、どうもあまり楽しくない。歌う事は好きだけれど、音がうまくとれないので「音痴」だとも思い込んでいました。そんな私が、保育の勉強をすることになり、そこで再び鍵盤と出会いました。本当は出会いたくはなかったのですが、やらなければ単位が取れません。出来なければ就職も危うい。 と、いうことで高校を卒業した年の春、ピアノを猛練習することになってしまったのです。ピアノを習っていた友人にバイエルを貸してもらい、毎日友人の家に通ってピアノを教えてもらいました。 そして、私の奮闘振りを伝え聞いた祖父がその春、電子ピアノをプレゼントしてくれました。 それからは夢中で毎日毎日練習しました。不思議なことにちっともつらくありません。むしろ楽しくて嬉しくて仕方ありませんでした。ピアノを習っていた人には初歩の初歩であるバイエルの短いフレーズでも、弾けるようになれば嬉しくて、何度でも繰り返し練習しました。「音って何て楽しいんだろう!」「歌って何て面白いんだろう」私は初めての感覚にすっかり夢中になってしまいました。 何とかピアノの単位も取り、就職を果たすと、今度は幼稚園で歌う歌を一生懸命練習しました。今度は楽譜とにらめっこしていてはダメ、歌いながら弾かなければなりません。これはもう丸暗記です。指が覚えるまでヘッドフォンをつけて夜中までやりました。 ピアノを習っている子には「先生,毎日練習すればきっと上手に出来るよ」と励ましてもらいましたし、私の手が止まってもそのまま歌いつづけてくれる(私のクラスの子ども達はみんなアカペラが上手になりました・・・)子ども達のお陰で、大好きな歌をみんなで歌う、そんな何よりも楽しい時間も過ごせました。 そんな訳で、私に音楽の最初の喜びを教えてくれた思いで深いピアノがこの電子ピアノなのです。 再び真剣に練習したら、何曲かは指が覚えていてくれて、最近の新しい楽しみになりました。 |
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