●お菓子な道具@● 「もんめばかり」
使い始めてかれこれ80年以上になるというこのはかり、今でも毎日元気に活躍しています。 今の、スマートで見やすいはかりと違って、分銅で計るのですよ!
理科の実験が思い出されます。 重さの単位もグラムではなく「もんめ」。
一匁って何グラムか皆さん御存知でしょうか? (答えは3.7グラムです。)
戦後、メートル法の施行により、売買に関わるはかりは全て書き直されることになりました。 そのため、「もんめ」という単位は姿を消す事になったのです。
ほとんどのお店にあったはかりは役所に持って行かれ、「もんめ」から「グラム」へと直され
ました。 ところがこのはかりは、工場内での材料の配合・分量の計量に使われていたために書きなおしを 免れ、今に至っています。
明がらすづくりに大きな役割を担っているもんめばかり、これからもそのどっしりとした体で
こつこつと働いてくれる事でしょう。

●お菓子な道具A● 「渡辺のヨーネン」
一目見ただけでもレトロな雰囲気がにじみ出ている箱です。
それもそのはず、これはなんと明治時代の お菓子の箱なのです。
中身はキャラメルで、「壱百個入」という記述があります。
「渡辺のヨーネン」の文字の両脇には「発育のお菓子」「栄養のお菓子」という文字が。
当時、芝居見物にはキャラメル、遠足にはキャラメルといった具合に、おやつといえば
まずキャラメル という位とても売れたものだったそうです。
このキャラメルを余程食べたらしい、栄養満点な男の子の笑顔が、今見るととても斬新に
思えませんか? どんな味だったのか、食べてみたいものですね。

●お菓子な道具B● 「キャンディー缶」
上から三ツ矢キャンデイー、森永フルーツドロップその1、その2です。
三ツ矢キャンデイーにはゼリービーンズが、森永フルーツドロップにはオレンジ、ブドウ、
チョコレート ハッカなど数種類の味の飴が「1貫目」(3.75キログラム)入っていました。
これらは昭和の中期頃、よく売れたお菓子だったそうです。
ばら売りが主流だった当時は、このような大きな缶で仕入れてふたつきのガラス瓶に
移し替え、スコップ のようなスプーンですくって量り売りしていました。一個一円でした。
今見てもなかなかおいしそうな絵ですよね。当時の子供達にとっては大好きなおやつの
ひとつだったこと でしょう。

●お菓子な道具C● 「カルケット」

うすい缶に入ったビスケットです。
大正時代のビスケットですから今のように甘いものではなかったよう ですね。
このカルケットで特筆すべきは、ふたの裏側なんです。 このキャッチフレーズがすごいです。

 

 

 

 

「カルケットを常用すれば 歯と骨が丈夫になる。
感冒(かぜ)をひかぬよふになる。
妊婦(みもち)は悪阻(つわり)にならぬ。
小児は殊に発育がよくなる。
毛髪や皮膚の色艶(いろつや)が美麗になる。
結局長寿が保てる」

良いことづくめです。何としても食べねば!という気にさせられます。
今こんなキャッチフレーズがあったら・・・?法律にひっかかりそうですね。


●お菓子な道具D● 「そろばん」

明治時代、今のようなレジや電卓はもちろんありませんでした。
品物の代金の計算に 活躍したのがそろばんです。写真のそろばんは明治〜昭和中期まで、
実際にお店で 使われていたものです。よく見ると5つ玉であることが分かります。
当時のそろばんは 5つ玉がポピュラーで、今のように4つ玉になったのは昭和20年代頃の
ことです。 チーンというレジの機会音ではなく、パチパチと指ではじくそろばんの素朴な音から
想像できる昔の買い物風景には、何となくのんびりした時間の流れを感じますね。


●お菓子な道具E● 「銭箱・帳面」

昔レジが無かった頃に、お金をしまっておくものとして使われたのが銭箱です。
入れ口が賽銭箱のように斜めになっており、一度入れたお金を出す時は逆さまに しないと
出てこないようになっています。ですからおつりは小銭をざるに入れておき、入金とは別に
分けていました。

帳面は、今でいうレシート、または覚え書きのようなものでしょうか。 誰に何をどのくらい売った
か、つけで買う場合の細かい内容など、その都度記して いました。

先に挙げたそろばん、銭箱、帳面の3点セットは、お店の小机に常に 揃えておくものでした。
商いには欠かせない大切な道具だったのですね。
どの道具も、毎日欠かさず使うものだっただけに、よく使い込まれていて、手の ぬくもりが感じられる一品となっています。


  ●お菓子な道具F● 「ケースびん」
  ガラス製の細長いビンに、留金付きの鉄のふたがついているものです。
この中に、おせんべい・ドロップ・ハッカ糖・砂糖がけのビスケットなどの駄菓子を 入れてスコップで量り売り、またはバラ売りしていました。
今のように個包装の時代ではなかったので、買ったものは紙の袋に入れてお客様に お渡ししていたそうです。
子供達はポケットに直接飴などを入れてもらい、なめながら 遊んだりもしたようです。
ちなみにこの紙の袋、当店では現在でも使いつづけています。 今となってはレトロなデザインが、返って新鮮なようで好評を頂いています。
このケースびん、もっと初期の頃は、普通にふたをかぶせるだけのビンだったものが、 中のお菓子の変質を防ぐために、段々とこのような留金付きのふたに変わっていったそうです。

  ●お菓子な道具G● 「木型その@」
  木型は、主に落雁用とねりきり用があり、特別なものは木型職人に注文して作ってもらっていました。 この木型は、らくがん用のものです。
大きさがかなりあり、現在残っている図柄は、「富士山」 「鯛」「ぼたん」の3つです。
お盆のお供え用として5個組で箱詰めにして売った他、引き出物として のご用命も多く、何千個と作ったこともあったそうです。
らくがんは基本的に白いもので、木型にへらで押し付けるようにしてたねを入れ、ひっくり返して 取り出し、乾燥させて作ります。
色のついたらくがんを作る時は、模様にそれぞれ色のついたたねを 入れてから、白いたねをかぶせて作ります。
今でこそらくがんは日常のお菓子ではありませんが、甘いものが貴重だった昔は、送ってももらっても 嬉しいお菓子だったようです。

●お菓子な道具H● 「木型そのA」

 

和菓子にバナナの形というのが何となく斬新な感じがしますが、こちらはねりきり用の型です。 ねりきりとは、白練り餡に求肥をつなぎとして入れ、練ったものです。このような型にうすく伸ばし あん玉を包んで仕上げました。絵柄によって白餡にうすく色をつけたりもします。 このバナナの型は割合大きさがあり、絵柄からいってもお盆のお供え用として使われていたようです。


●お菓子な道具I● 「木型そのB」

 

こちらもねりきり用で、模様を作るための型です。 写真では分かりにくいかも知れませんが、ひし形模様、格子模様などの図柄が細かく彫られて います。木型の材料には主に桜の木が使われました。木型は判子と同じように絵柄を反対に彫るのですが 曲線や深さをなめらかに表現することを求められる職人技です。また、コンと打った時に和菓子がきれいに 抜けなければなりません。出来あがったものは砂糖を型に詰めて打ち出し、その出来を調べたそうです。


●お菓子な道具J● 「シャチ印の氷砂糖」
箱にデザインされたシャチホコが何ともいえず印象的です。さすが名古屋という感じがしますね。箱の刻印を見ると、 昭和26年5月26日製造とありますから、今から50年近く前の商品ということになります。これはお菓子の材料としてではなく、 おやつとして量り売りされていました。甘いものが少なかった時代、氷砂糖を飴のようにして舐めたのだそうです。 氷砂糖なので形は様々、計ってもらった中で大きい、小さいがあり取り合いになったこともあったかもしれません。

●お菓子な道具K● 「扇雀飴」
昭和30年代の後半によく売れた人気の飴でした。写真のようなビンに入っており、楕円形の7色の飴は、もちろんばら売りです。 こうした飴類は、当時小学校の講堂で行われていた映画を見に行く時のおやつとして買われる事が多かったそうです。 子供達にとって、甘くて綺麗な色の飴を舐めながら映画を楽しむことは大変大きな楽しみだったに違いありません。 現在は移転しましたが、当時、店のすぐ裏手に小学校があったので飴はとても良く売れたお菓子だったそうです。